ボディインハート
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    2013.10.20

    最低 最悪 最弱   最高!

     

     BODY in HEARTでの今月のテーマは「逆転」

     

    その時のレッスンによって内容を変えています。

     

    ヨガの代表的な逆転のアサナ 「シルシアサナ」に挑戦したり

    その挑戦にむけて、首回りをほぐすことに重点をおいたり

    逆転→後ろ歩き をじっくりしてみたり

    呼吸の行い方を反対で行って、その変化を観察してみたり

     

    いろいろ遊びながら、私自信勉強させてもらっています。

     

    で、

    私の今までの生き方をふと頭に浮かべてみたら

     

    最低

    最悪

    最弱

    って言葉が頭に浮かんでしまったんです。

     

    でも

    大笑いしたくなるような

    最低 最悪 最弱

     

    そう最高の

    最低 最悪 最弱

     

    だから

    最低も最悪も最弱も最高に楽しい。

     

     

    最低を逆転させると最高 (反対語も最高?)

    最悪を逆転させると最高 (反対語は最善?)

    最弱を逆転させると最高 (反対語は最強?)

     

    いや

    別に逆転なんかしなくても

    反対に見えるものでも

    一つにつながっているんです。

     

    たとえば

    後ろ歩き

    後ろ歩きの練習をすると

    前に歩くのがスムーズに

     

    と、いうように。

     

    (授業内容と結びつけるとかなり強引になりますが…)

     

    結論になっているかどうか

    わかりませんが、

     

     

     

    無駄なことは何もない。

    たとえあったととしても

    無駄なこと自体に意味はあるんだ。

     

    と、私は言いたい。

     

     

    2013.09.30

    9月も終わり

     

    今日で9月も終わり

     

    明日からは10月。

     

    古い時間が終わってもすぐに新しい時間がやってくる。

     

    いつもいつも

    新鮮な時間を味わうことができる。

    なんてすばらしい事なんだろ!

     

    うん?

    本当にそうなのかなあ。

     

     

     

    生まれたての赤ん坊も

    今日より明日は老いている。

     

    成長も老いの一種。

     

    なんて残酷な新鮮。

     

     

    と、

    人は悩み、

    神に頼り、

    仏にすがり、

    科学や知識に救いを求め。

    結局は答えを出すのは自分だと知る。

     

    などと

    時間があると

     

    小難しい

    意味のあるようなないような事考えたりしてしまう。

     

    子供の時から全然成長してへんなあ。

     

    で、

    今日の私の出した結論は

     

    成長が老いの一種なら

     

    老いも成長の一種。

     

    だから

    私も成長してるんや!

     

     

    なんも

    悩む必要なし!

    やっぱり喜ばしいことやん!

     

    と、強引に

    前向きにもっていきました。

     

     

    2013.09.23

    三連休

     

     そうか。

     

    忘れていたけど、今日は三連休。

    先週も三連休やったかな。

     

     

     

    以上。

     

    お~

    これはすごい!

     

    何を言いたいか分かった人はかなりのツウ!(なんのツウ?)

     

     

    連休を羨ましいって感じなかったんです。

     

     

    ヨガを始めた時

    羨ましがらないこと。

    って教わりました。

     

    羨ましいという感情が妬みや嫉妬、

    蹴落としてやろうとういう気持ちにつながる。

     

    でも

    無理して

    羨ましがらないことはできない。

    ついつい

    羨ましい手気持はわきでてきます。

     

    この休みの件一つとってもそう。

     

    でも

    今回は

    羨ましいの気持が

    湧き出てこなかったんです。

     

    ふふふ

     

    そろそろ悟りひらけるんちゃうかな。

     

     

     

     

     

    友人から

    メールが

     

    ヨーロッパ行った時のお土産渡すね。

     

     

     

     

     

    このオチ言いません。

     

     

    2013.08.06

    瞑想

     今月の教室でのヨガのテーマは「瞑想」

    瞑想とは
    『あるがままの自分を観ること』
    観てどうする?
    観てどうなる?
     どうするわけでもない。
     どうなるわけでもない。
    じゃあ、何故するの?

    と、その答えは少しあとにとっておく。

    瞑想は

    今月のテーマではあるけれど

    実は私の中で永遠のテーマ。

    そしていつも
    レッスンの中で瞑想を念頭においている。
    なんて言えばちょっとばかしカッコいい感じがするが、
    これは最近ふと気づいたところ。

    ヨガの動きをする時、

    例えば
    両腕を上に挙げる動作で、
    《私は今腕をあげているんだ》という自分の動きを観る。
    挙げた時の感覚を身体に聞く。(頭で考えるのではなく)
    右が上がりづらいとういう感覚を観る。

    『瞑想とはあるがままの自分を観ること』

    観るだけでいい。
    (聞くのもいい)

    観て、聞いて
    辛さや気持ちよさを感じたらそれだけでいい。
    そこから、どうしたら行いやすくなるだろうか?とか
    どうしたらもっと気持ちよくほぐれるだろうか?とか
    考えて行動にうつすとそれは瞑想(ヨガ)ではなく運動。
         だと私は思う。

    (たまにはレッスンで運動もする…それもバランス=ヨガ)

    瞑想(ヨガ)のコツ
     ・欲を出さないこと
       瞑想で悟りを開こうとか、ヨガで痩せようとか思わなくていい。
       思うと頑張りすぎて怪我する危険性が高くなる。
     ・自分のことが嫌にならないこと
       瞑想やはハタヨガ(動きのヨガ)がうまくできない自分をいやにならなくていい。
       嫌になってやめてしまうと、
       続けることによって初めて見えてくることが見えないままになってしまう。
     ・苛々しない
       じっと座るのが、体を動かすのがきつくなっても苛々しない方がいい。
       苛々は体を心を硬く閉ざしてしまうから。
     ・睡魔に近づかない
       瞑想やハタヨガの最中に寝ない。
     ・瞑想やヨガの指導方法に疑いを持たないこと。
       疑いを持ってしまうとそれだけで緊張して逆効果や怪我をすることがある。

    以上が瞑想(ヨガ)のコツ。
    だけど、一番のコツは、コツにとらわれないこと。

    やっぱり欲はあるし
    (きっとヨガを始めた時、肩こりなくしたいとかいろんな効果を期待して初めたはず。
    欲があって出会えたヨガ。そんな欲を毛嫌いしなくてもいいのではないかとも思う)

    自分のこと嫌いになる時、嫌になる事もある。そんな嫌な自分も認めよう。
    苛々することもある。これも苛々した自分を見つめればいい。

    眠いときは瞑想やヨガなんてやめてサッサと寝たほうが良い時もある。

    指導者に疑問持つことも不思議でなはい。

    今このブログのように二転三転した書き方した私に
    『一体何が言いたいの?』
    って疑問を持つのもおかしくはない。

    そうそう
    何を言いたいのか?

    瞑想とはありのままの自分を観ること。
    そのありのままの自分にいやーなところを見つけても
    ただじっと見てみよう。

    客観的に見る。

    主観的にならない事。

    怒っている私B
    喜んでいる私B
    妬んでいる私B
    楽しんでいる私B
    落ち込んでいる私B

    それを観ている私A。

    主役は私A。

    Bが主役になると
    どんどんその感情は昂ぶって収拾がつかなくなる。

    つい主役がBになってしまう。

    瞑想は
    主役をAにする練習。

    それが瞑想をする意味。

    でも
    それを期待してするとまた違うような気がする。

    ありのままの自分を観る。
    ただ観るだけ。

    観てどうなるか?
    明確な答えはない。

    答えが出るとはかぎらない。

    それでいいのでないかな。

      では
    具体的に瞑想をどうやって行うのか?
    また次回に持ち越しです。

                                          

    2013.07.12

     人生ギリギリ

     

    「迷ったらダメなんだな。

    人生の答えなんて、考えたって分かるものじゃない。

    ただ、そのときそのときを、ぎりぎり一杯生きている奴だけに

    その答えは見えてくるんじゃないだろうか」

      (藤本 義一)

     

    フェイスブックで見つけました。

     

    私、

    「悩みなさそう」ってよく言われます。

     

     

     

    そういえば

    いともギリギリで生きてるような。

     

    だから

    悩みないのか。

     

    って妙に納得。

     

    いやいや

    待て待て

     

    こう見えても

    悩むときは すごーく悩んでる。

     

    一か月くらい(一か月長いのか?短いのか?)

    うんうん悩む時も。

     

    でも

    そういう時は

    あんまりいい案替えなんて浮かばない。

     

    まだまだ

    ギリギリ感足りんなあ。

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